ごじゃはげ

日記と雑記とみじかい創作

文体の舵をとる①

昨年ちょっと話題になった本、『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室  』。

filmart.co.jp

いわゆる小説の指南書で、章ごとに〈練習問題〉がついています。
去年買っていたんだけどちょっと読んで放置してしまっていて、あとこのブログも最近放置してしまっている……ということもあり、今さらながら〈練習問題〉をやってみようと思ったのでした。とりあえず今日は練習問題①を。太字はタイトルだけど、今後毎回練習問題の作品にタイトルをつけるかは決めていません。

 

練習問題① 文はうきうきと
問1 一段落~一ページで、声に出して読むための語り(ナラティヴ)の文を書いてみよう。

 ようこそ、アンクル・ピカンタ

 むこうから歩いてくるのは誰かって? あれはさ、僕の伯父さんで、アンクル・ピカンタって呼ばれてる。アンクル・ピカンタはいつもご機嫌。鼻歌まじりにやってくる。やあこんにちは、やあどうも、今日はすてきなお天気ですね。そうして会う人、会う人みんなに挨拶しながらのんびり歩いて、僕のうちまでやってくる。僕はアンクル・ピカンタが大好きだから、彼がベルを鳴らすやうさぎみたいに駆けてって、玄関のドアを開けて言う。ようこそ! アンクル・ピカンタはまるくてつやつやの顔で僕を見おろし、大きくなったねえと言いながら、帽子をとってほほほと笑う。僕もつられてほほほと笑う。
 パパもママもアンクル・ピカンタのことが大好き。到着早々、お待ちかねのティータイム。ママが焼いたブルーベリーパイはアンクル・ピカンタの大好物。切り分けられたパイからは、みずみずしい臓物みたいにブルーベリーの実がわんさとあふれだしている。口のまわりをブルーベリーソースで汚しながら、アンクル・ピカンタは手掴みでそれをがつがつ食らう。ママはにこにこしながら、アンクル・ピカンタの前におかれた薔薇模様のティーカップに紅茶のおかわりをたっぷりそそぐ。パパはアンクル・ピカンタと共通の趣味であるガーデニングについてあれこれしゃべる。今年は薔薇が豊作で。パパはティーカップを見ながら思いだしたように言う。白いの赤いの黄色いの、いろんなやつが咲きましたよ。アンクル・ピカンタはほほほと笑う。それはすばらしいですね。パパは得意げに、だけど謙遜しながらこたえる。いやいやアンクル・ピカンタの庭には負けますよ、うちの庭なんて、ねえ。ねえ、と言いながらママを見る。ママは、ええ、ええ、そうですともとうなずく。
 僕はアンクル・ピカンタの真似をして、手をべたべたにしてブルーベリーパイを食べながら、うちにある庭について考える。うちにあったかもしれない、薔薇がたくさん咲いている美しい庭について考える。窓から見える草がぼうぼうの、崩れた塀と誰かが放り棄てて行ったテレビと破れた傘が放置してあるあの庭じゃない、庭について考える。でもそれにはすぐ飽きて、アンクル・ピカンタにこの後見せる絵のことを考えはじめる。アンクル・ピカンタはきっとブルーベリーパイで甘ったるくなった唾をたくさん飛ばしながら、僕の絵を褒めてくれるだろう。やあ才能だ、才能があるね。なんて言いながら。目の前で豚みたいにお皿に顔を埋めながら、アンクル・ピカンタは三切目のパイをむさぼっている。アンクル・ピカンタがげっぷまじりにほほほと笑うたび、ママもパパも僕もうれしくなってほほほと笑う。