ごじゃはげ

日記と雑記とみじかい創作

【創作】カストルとポルックス

 双子が座ったのは窓際のソファ席だった。
「いらっしゃいませ」と声をかけるよりも早く、双子はさっさと腰を下ろし、下ろすなり同じようなパソコンをひらき、同じように一心不乱に何かを打ち込み始めた。注文を取りに行くと、双子はこちらを一瞥もせず、同時に「モーニングセットのB」と言った。私は「モーニングセットのB」、と復唱し、確認のために「二つでよろしいですか?」と訊いた。ふたたび、双子は同時に「二つで」と言った。それからドア側に座っているほうの男がふと顔をあげて、奥側の男を手で制するようにしてからこう言った。「二足す二じゃなく、僕と彼、あわせて二つね」
 双子を双子だと思ったのは、姿かたちがそっくりだったからだ。背丈も顔の造形もそっくりで、そのうえ揃いのグレーのスーツと帽子を身に着けていた。私が踵を返した瞬間に、「わかるだろ、言わなくたって」と、たぶん奥側の男が言うのが背中越しに聞こえた。「念のためさ」と、たぶんドア側の男が言った。声までよく似ていた。「話してる場合じゃないぞ」「わかってる」「さっさと報告書をあげなきゃ」「俺は始末書」「そのとおり」「昨晩はさんざんだったからな」「手を動かせ」「動かしてるよ」
 日曜の早朝で、店にはほかに客はいなかった。日曜だというのにスーツを着て、鬼のような形相でキーボードを叩く双子に、だから嫌でも目がいった。
 オーダーの品ができるのを待ちながら、ぼんやり双子を見ていた私の肩をふいに同僚のニナが小突いた。「昨日、どうだったの?」
「どうって」私は言った。「どうもないよ。ご飯を食べて帰ってきた」
 えー、とニナは落胆の声をあげる。「せっかくいい夜だったのに、もったいない」「いい夜?」私は言う。「そうだよ、流星群、見なかったの?」
 ニナが言った途端、双子が勢いよくこちらに顔を向けた。射るようなその二つの視線に驚いて「えっ」と思わず声が出る。双子は正面から見てもやはりそっくりな顔立ちで、でも瞳の色だけが違っていた。
「知らなかった」私はつとめて自然な声でニナに答えた。「なんだ」と言ったニナは、背後から突き刺す二つの視線(でも瞳は四つなのだから、体感としては四つであるべきだ)には気づいていないようだった。私たちが立つカウンターと、双子の席とのあいだには数メートルの距離があるはずなのに、二人の瞳の色がはっきりとわかるのが不思議だった。花の色ともちがう、まるで燃えているような青と橙の色。でもこれは後からの感慨で、そのときの私にあったのは肺をぎゅうとつかまれているような、切迫した緊張感だけだった。
 わずかコンマ数秒のことだったと思う。「見たかったな」私は言い、ニナがようやく後ろを振り向いたときにはもう、二人はさっきまでと同じようにキーボードの上で指をはげしく踊らせていた。

 いつのまにか皿の上のパンケーキもベーコンもたいらげ、二度のコーヒーのおかわりを経て一時間半ほど滞在し、双子は店から出て行った。ちょうどモーニングのピークタイムがはじまりつつある時間だったので、青い目のほうが「ここに置いていくよ」と伝票の下に置いて行ったお代を私が回収できたのは、二人が出て行ってしまった後だった。ふと、ソファの上に粉のようなものが散っているのに気がついた。トーストの屑かな、と私は思った。でもBセットにトーストは付いていなかったはずだ。粉はよく見るときらきら光っていた。何かの割れたガラス片だろうか? けれど卓上の食器は、グラスも皿もすべて割れても欠けてもいない。私はそっとその粉を指にとった。「きれい」

 

こちらは破滅派に以前掲載した『流星ピストル』のサイドストーリーです。
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