ごじゃはげ

日記と雑記とみじかい創作

【小説】星を飼う

 星を飼うのが流行りだしたのは去年の終わりごろからだった。
 もともとそんなに興味があったわけではないけれど、飼っている子からかわいいよという話はよく聞いていた。写真を見せてもらうとたしかに星はかわいくて、家に帰ってこんな星が待っていてくれたらさぞ嬉しいことだろうと思った。それでもやはりペットを飼うにはそれなりの覚悟や責任が要るわけで、だから「飼わないの?」と訊かれるたびに、私はかならずこう言って、答えを濁していたのだった。「機会があれば」
 そうして機会はおとずれた。友人の一人が星を二個引き取ったのだが、どうにも二個の折り合いが悪く、毎日けんかしてぶつかってばかりいるので、もし飼えそうならばもらってくれないかと相談を受けたのだ。私は「ううん……」とすこし渋って見せた。でも腕を組んで困った顔をしながらも、心の中で答えはもう決まっていたのだ。
 さっそく星用のかごとエサを買い、『星と暮らす』という星の飼育についての雑誌も読み、満を持して星をむかえた。はじめのうち、星は私を警戒していた。かごの中に設置した小屋(というよりただ穴をあけただけの小箱だ)にこもって、時折こちらの様子をうかがうように顔を出し、私がそちらを見ると、ひゅっと小屋の中へ引っ込んだ。星が顔を出すたびに、おびえた光がかごの中でゆっくりゆっくり明滅した。私は「だいじょうぶよ」と根気づよく星に言った。だいじょうぶよ、こわくない、あなたと仲良くしたいのよ。私が見ていないすきにあわててエサを食べていた星は、徐々に私の目の前でエサを食べるようになり、やがて私の手からも直接食べてくれるようになった。
 星のエサは小石だった。正確には小石のようなもの。ほんのりと黄みがかった白色のその小石のようなものを、かりかりと、小気味いい音をたてながら星はおいしそうに食べた。あんまりおいしそうに食べるものだから、私も一粒口に入れてみた。小石のようなそれは、何の味もしなかった。舌の上で溶けもせず、かちかちと歯にあたる食感は、むかし、おもちゃのビーズを口にふくんだときのものによく似ていた。でもあのときのビーズは、そのときどきで色んな味がしたはずだった。いちご、パイン、マスカット、それに虹や花や風の味。そういう味がしたはずなのに、私はもうそれらを一個も思いだせない。かたくて噛みつぶすこともできない小石をしばらく口の中でころがして、ティッシュペーパーに吐きだした。
 星はそんな私の一連の動作をふしぎそうにながめてから、くつくつ笑いだした。おかしくてたまらないというように、くつくつ、くつくつ、かごの中をころがった。それからふたたび自分もエサをふくむと、ぺっ、と吐きだしてみせた。吐きだしてから、星は私のほうを見た。うれしそうに、期待をこめて。
 私は困ってしまった。困ってしまったけれど、笑いをおさえられなかった。私が笑っているのを確認した星は、ちかちか素早く明滅しながら、かごの中をご機嫌に動き回った。くつくつ、くつくつ。「ちゃんと食べなきゃだめだよ」と言いながら、私もいつまでも笑っていた。